最近、ふと「合理的」ということについて考えることがあります。
今の時代は、何をするにも「早く」「効率よく」「無駄なく」が求められます。
それはもちろん大切なことです。
でも、一つひとつの作業だけを見ていると合理的に見えるものが、少し離れて全体を眺めてみると、案外そうでもないことがあります。
一本の線を引くこと
昔、図面は紙に直接線を引いていました。
右手でも左手でもいい。
定規を当てて、鉛筆を走らせる。
線を引こうと思えば、そのまま線を引くことができる。
ところがCADになると、少し違います。
線を一本引くためにも、
「この操作をして、ここをクリックして……」
と、まずCADの操作が必要になります。
一本の線と、自分の手との間に、ひとつ工程が増えるわけです。
もちろんCADには、それを補って余りあるほどの便利さがあります。
線を消す。
複製する。
寸法を入れる。
変更する。
図面を共有する。
昔なら大変だったことが、簡単にできるようになりました。
だからCADが悪いという話ではありません。
ただ、フリーハンドで線を引くような感覚でCADを使おうと思えば、結局は身体に操作を覚え込ませるしかない。
考える前に手が動くところまで使い込む。
そうなって初めて、道具が身体の一部のようになっていきます。
プレカットと手刻み
同じことを、木材の加工でも考えることがあります。
今はプレカットが主流です。
工場で機械が木材を正確に加工してくれる。
速い。
正確です。
一本一本を大工が手で刻むより、加工そのものだけを比べれば、機械のほうが圧倒的に合理的です。
でも、そこで少し考えてみます。
プレカットをするためには、図面をまとめ、加工の内容を伝え、工場と打ち合わせをする。
変更があれば、また確認する。
納まりについて相談することもある。
そうやって、現場に木材が届くまでには、いくつものやり取りがあります。
一方、昔の大工は、木を見て、その場で墨を付け、手で刻んでいました。
もちろん、時間はかかります。
だから「手刻みのほうが合理的だ」と簡単に言うこともできません。
ただ、
加工する時間だけを比べて、本当に合理的と言えるのだろうか。
そんな疑問が浮かびます。
一部分だけを見れば、合理的
これは建築だけの話ではないと思います。
ある作業だけを取り出せば、機械のほうが速い。
ある工程だけを見れば、コンピューターのほうが効率がいい。
人間がやっていたことを、ひとつの工程として切り離して、自動化する。
そうすると、とても合理的に見えます。
でも、その前後にある準備や確認、やり取り、覚える時間まで含めて考えると、結果は違って見えるかもしれません。
どこからどこまでを「仕事」と考えるか。
そこが変われば、合理的という言葉の意味も変わってきます。
便利なものは、使えばいい
だからといって、昔のやり方に戻ればいいとは思いません。
CADは便利です。
プレカットも便利です。
機械にしかできない精度や、機械だからこそできる仕事もあります。
大切なのは、
新しいものを使うか、古いものを残すか。
その二択ではないのだと思います。
何が便利なのか。
何を機械に任せるのか。
どれを人の手で残したほうがいいのか。
その一つひとつを考えること。
何を取り入れて、何を残すのか
技術はどんどん進んでいきます。
新しい道具も、新しい工法も、新しい考え方も生まれてきます。
それは、とてもいいことです。
でも、新しいものだから取り入れる。
古いものだから捨てる。
それでは少しもったいない。
長い時間をかけて残ってきたものには、残ってきた理由があります。
新しい技術にも、もちろん生まれた理由があります。
その両方を一度並べて、
「これは残したほうがいい」
「これは新しくしたほうがいい」
と考えてみる。
それが、これからの家づくりには大切なのではないでしょうか。
合理的という言葉を、目の前の一つの作業だけで考えない。
少し離れて、全体を見る。
そして、本当に必要なものを選ぶ。
家づくりでも、道具でも、仕事の仕方でも。
何を取り入れて、何を残すのか。
その判断こそが、これからますます大事になっていくのだと思います。