洗濯機、ユニットバス、食洗機……住宅設備の進化で、私たちの時間はどう変わった?
朝6時30分。
目覚ましが鳴る。
布団から出て、洗面所へ行く。
蛇口をひねればお湯が出る。
洗濯機に洗濯物を入れて、ボタンを押す。
炊飯器を開ければ、ご飯が炊けている。
冷蔵庫には食材があり、電子レンジで温めることもできる。
朝食を食べたら、食器を食洗機へ。
家を出る。
私たちにとっては、当たり前の朝だ。
では、200年前の江戸の人が同じ朝を迎えたら、どうなるだろう。
もちろん、洗濯機も給湯器もない。
蛇口から水も出ない。
火を起こすところから始まる。
そこで今回は、**「家事に何分かかっていたのか」**という視点から、江戸時代と現代の暮らしを比べてみたい。
数字で並べると、住宅設備が私たちの時間をどれほど変えてきたのかが、意外とはっきり見えてくる。
まずは、江戸の一日を時計にしてみる
江戸時代には、現在のような「1時間=60分」という時計の時間は使われていなかった。
昼と夜をそれぞれ六つに分ける「不定時法」で、季節によって一刻の長さも変わった。
だから、以下の時刻は江戸の暮らしを現代の時計に置き換えたおおよそのイメージだ。
午前5時ごろ 起床
まず必要なのが水。
井戸などから水を汲み、家まで運ぶ。
一往復だけで済むとは限らない。
水汲み 約15~30分
そして、かまどに火を起こす。
薪などを用意し、火を安定させる。
火起こし・火の準備 約10~20分
現代なら、蛇口をひねってコンロのスイッチを押すだけ。
この時点ですでに、江戸と現代では10分、20分という単位で差が生まれている。
朝食をつくる
江戸時代の朝食は、ご飯、味噌汁、漬物など比較的シンプルなものだったと考えられる。
しかし、シンプルだからといって手間がないわけではない。
米を研ぐ。
火を調整する。
炊き上がりを見る。
汁物をつくる。
朝食の準備 約40~60分
もちろん家族の人数や料理の内容によって大きく変わる。
現代なら、
炊飯器でご飯を炊く。
冷蔵庫から食材を出す。
電子レンジで温める。
トースターで焼く。
IHやガスコンロで調理する。
朝食の準備 約15~30分
料理そのものだけでなく、
「火を管理する時間」が消えた
ことが大きい。
洗濯は何分かかった?
ここは現代との違いが特にわかりやすい。
江戸時代の洗濯は、
水を用意する
↓
衣類を水につける
↓
こする・もみ洗いする
↓
すすぐ
↓
絞る
↓
運ぶ
↓
干す
という工程になる。
洗濯物の量や汚れ具合によるが、
洗濯 約60~120分
くらいを見ておくと、暮らしの大変さがイメージしやすい。
しかも、その前に水を用意しなければならない。
現代では洗濯物を洗濯機に入れて、洗剤を入れ、スイッチを押す。
人間が直接作業する時間は、
約5~10分
程度。
洗濯機が30~60分動いているとしても、その時間に人間が付きっきりになる必要はない。
そして乾燥機を使えば、
「干す」という家事までなくなる。
洗濯乾燥機が消した「もう一つの家事」
洗濯というと「洗う」ことだけを考えがちだが、実際には、
洗う
↓
脱水する
↓
運ぶ
↓
干す
↓
取り込む
↓
たたむ
↓
収納する
までが洗濯だ。
江戸時代なら、洗濯物を絞って干すだけでも相当な労力だった。
現代でも、
干す・取り込む 約15~30分
ほどかかる家庭は多い。
ところが洗濯乾燥機や衣類乾燥機を使えば、この部分を大幅に短縮できる。
つまり乾燥機は、
「洗濯を早くする機械」
というより、
「干すという家事をなくす機械」
と考えたほうが、その価値が分かりやすい。
掃除は「ほうき」から「ロボット」へ
江戸時代の掃除は、ほうきや雑巾が中心。
部屋を掃く。
拭く。
ゴミを集める。
一日の掃除 約20~40分
と考えてみる。
現代なら掃除機をかける。
コードレス掃除機なら、以前より取り回しも簡単だ。
さらにロボット掃除機なら、人間がするのは、
床を片付ける
↓
スイッチを押す
↓
ゴミを捨てる
程度になる。
人間の作業時間 約5~10分
掃除そのものを機械に任せられるようになったわけだ。
夕食の準備
江戸時代の夕食も、まず火を用意するところから始まる。
食材を切る。
煮る。
焼く。
炊く。
盛り付ける。
夕食の準備 約60~90分
現代なら、
冷蔵庫から食材を出す。
包丁で切る。
IHやガスコンロで調理する。
電子レンジを使う。
冷凍食品や惣菜を利用することもできる。
夕食の準備 約30~60分
ここでは単純に「半分になった」とは言えない。
現代のほうが料理の種類は増えているからだ。
それでも、
火を起こす・維持するという作業がなくなった
ことは大きい。
食後の30分が変わった
江戸時代の食器洗い。
水を用意する。
一枚ずつ洗う。
すすぐ。
片付ける。
家族の人数にもよるが、
食器洗い 約20~30分
くらいは見ておきたい。
現代では食洗機がある。
食器を入れる。
洗剤を入れる。
スイッチを押す。
人間の作業時間 約5分
皿を洗うための30分が、5分になる。
25分の差。
一日だけなら小さい。
でも、
25分 × 365日 = 約152時間
になる。
年間で6日以上。
一つの家事だけで、それだけの時間が生まれる。
お風呂は「銭湯」から「ユニットバス」へ
江戸の町では、銭湯が庶民の生活に深く入り込んでいた。
つまり、風呂に入るという行為には、
家から風呂へ行く
↓
入浴する
↓
帰る
という時間も含まれる。
一方、現代では浴室そのものが家の中にある。
ユニットバスなら、浴槽・洗い場・壁・床などが一体化され、短時間で施工でき、漏水への対策も取りやすい。
さらに給湯器が、
「必要なときに必要な量のお湯をつくる」
という役割を担ってくれる。
自動湯はりなら、
「風呂を沸かす」という家事さえ、ほとんど意識しなくていい。
昔は「風呂に入る」ための準備が必要だった。
今は、
家の中に風呂があり、ボタン一つで入浴の準備が整う。
これは住宅設備の進化として、かなり大きな変化だ。
江戸と現代、一日の家事時間を並べてみる
ここまでの数字を、あえて表にしてみる。
| 家事 | 江戸時代の目安 | 現代の人の作業時間の目安 |
|---|---|---|
| 水汲み | 15~30分 | ほぼ0分 |
| 火起こし | 10~20分 | ほぼ0分 |
| 朝食準備 | 40~60分 | 15~30分 |
| 洗濯 | 60~120分 | 5~10分 |
| 洗濯物を干す | 15~30分 | 0~30分 |
| 掃除 | 20~40分 | 5~20分 |
| 夕食準備 | 60~90分 | 30~60分 |
| 食器洗い | 20~30分 | 約5分※ |
| 入浴準備 | 20~40分程度 | 数分程度※ |
※食洗機・乾燥機・給湯器などを使う場合の、人間の作業時間の目安。
もちろん、この数字を江戸時代の「正確な家事時間」として見ることはできない。
家族構成や身分、住んでいる場所、季節によって暮らしは大きく違った。
ここで大切なのは数字そのものではなく、
「昔は人間がやっていた仕事を、現在は機械や住宅設備が引き受けている」
ということだ。
では、私たちは何分、自由になったのか?
仮に一日の家事で、
1時間短縮できた
とする。
一日なら60分。
一週間なら420分。
一年なら、
約365時間。
約15日分になる。
もちろん実際には、家族構成や設備、家事のやり方によって大きく変わる。
それでも、住宅設備の一つひとつが生み出す「数分」を積み重ねると、とても大きな時間になる。
洗濯乾燥機で15分。
食洗機で25分。
掃除ロボットで20分。
給湯設備で10分。
家事動線を短くして5分。
一つひとつは小さな変化でも、
一日の中で何十分もの差になる。
住宅設備は「便利な設備」ではなく、「時間をつくる設備」
ここまで考えると、キッチンや浴室、洗面所の見方も少し変わってくる。
食洗機は、食器を洗う機械。
乾燥機は、洗濯物を乾かす機械。
ユニットバスは、お風呂のための設備。
給湯器は、お湯をつくる設備。
そう説明することもできる。
でも、もう一つの見方がある。
食洗機は、
「皿洗いの時間を買う設備」。
乾燥機は、
「洗濯物を干す時間を買う設備」。
給湯器は、
「水を沸かす時間を買う設備」。
そして家そのものは、
「家事を効率よくするための道具」
でもある。
それなのに、なぜ現代人は忙しいのだろう?
ここが、この話のいちばん不思議なところだ。
江戸時代より家事は楽になった。
洗濯機がある。
冷蔵庫がある。
掃除機がある。
電子レンジがある。
食洗機がある。
乾燥機がある。
給湯器がある。
ユニットバスがある。
エアコンもある。
昔なら何十分、何時間とかかっていた仕事を、機械が代わりにやってくれる。
それなのに、
「時間がない」
と感じる人は少なくない。
なぜだろう。
空いた時間に、私たちは何を入れたのか
答えは簡単なのかもしれない。
空いた時間に、また別のことを入れたからだ。
洗濯機が洗濯している間に仕事をする。
食洗機が皿を洗っている間にスマートフォンを見る。
乾燥機が動いている間にメールを返す。
ロボット掃除機が動いている間に、次の予定を考える。
便利になったことで、
「休める時間」が増えたとは限らない。
むしろ、
「もう一つできる時間」が増えた
とも言える。
だから、これからの家づくりで考えたいこと
家事を10分短縮する。
洗濯物を干す時間をなくす。
掃除を楽にする。
食器洗いを機械に任せる。
もちろん、それは大切だ。
でも、その先にもう一つ考えたい。
その10分を、何に使いますか?
子どもと話す10分。
コーヒーを飲む10分。
庭を眺める10分。
本を読む10分。
家族で夕食を食べる10分。
何もしない10分。
それだって、家がつくる大切な時間だ。
江戸の人より、私たちは自由なはずだ
江戸時代の暮らしには、今では考えられないほどの手仕事があった。
水を運ぶ。
火を起こす。
洗濯する。
掃除する。
料理する。
風呂に入る準備をする。
現代では、その多くを機械に任せられるようになった。
だから私たちは、昔の人よりずっと自由なはずだ。
だったら、
その自由を何に使うのか。
そこまで考えて、初めて「便利な家」の意味が見えてくる。
家電や住宅設備は、私たちの代わりに家事をしてくれる。
その目的は、
もっと働くためでも、
もっと予定を詰め込むためでもない。
本当は、
大切な人と過ごす時間や、自分自身の時間を増やすため
なのではないだろうか。
江戸の人は、日が暮れれば一日を終えた。
現代人は、夜になっても明かりをつけ、スマートフォンを開き、仕事も遊びも続けられる。
だからこそ、今の家には、
「何でもできる場所」だけではなく、
「もう今日は終わりにしよう」と思える場所
も必要なのかもしれない。
便利な家とは、家事を全部やってくれる家ではない。
家事以外の大切なことに、時間を使える家。
それが、これからの家づくりでもあり未来づくりなのだと思う。