「縦」という漢字。
私たちは毎日のように使っています。
縦に並ぶ。
縦長の家。
縦方向。
縦に線を引く。
当たり前の言葉です。
でも、建築の仕事をしていると、この「縦」という字を見て、ふと思うことがあります。
昔の大工さんにとって、「たて」とは、もっと具体的なものだったんじゃないだろうか。
「縦」は「糸」と「從」からできている
「縦」という漢字は、旧字体では「縱」。
左側に「糸」があり、右側に「從(従)」があります。
漢字の成り立ちとしては「糸」を意味に関係する部分、「從」を音を表す部分とする形声文字とされています。
つまり、
「糸に従う」という意味から「縦」という字ができた
と断定することはできません。
けれど、建築の仕事をしている私には、この「糸」と「縦」という組み合わせが、どうしても気になります。
なぜなら、大工には昔から、
糸を使って「たて」を確かめる道具があるからです。
それが「下げ振り」です。
下げ振りという、大工の道具
下げ振りは、とてもシンプルな道具です。
糸の先に、重りをぶら下げる。
たったそれだけ。
重力によって、重りは真下に下がります。
その真っすぐに下がった糸を基準にして、柱がきちんと立っているかを確かめます。
柱の上と下で、糸との距離を見る。
上でも下でも同じような間隔になっていれば、その柱はまっすぐに立っている。
もし上と下で距離が違えば、柱は傾いている。
今ではレーザーなど便利な道具がありますが、下げ振りは今も建築現場で使われています。
考えてみれば、不思議な道具です。
水平器のように複雑な仕組みがあるわけでもない。
センサーもない。
ただ、糸と重り。
そして、重力という自然の力を利用して、
「ここが、たて(垂直)だ!」
と教えてくれる。
「たて」というのは、昔の人にとってもっと身近だったのかもしれない
今なら「垂直」という言葉を使います。
垂直とは、水平に対して直角の方向。
数学的に説明することもできます。
でも、昔の大工さんにとっては、もっと身体に近い感覚だったのではないでしょうか。
柱を立てる。
糸を下げる。
重りが静かに止まる。
その糸と柱を見る。
上と下の隙間を見る。
そして、
「よし、たっている」
と判断する。
そこには、数字もありません。
角度もありません。
ただ、一本の糸があります。
その糸が、重力に従って真下を示している。
「縦」という字を見て、そんなことを考える
もちろん、
「縦」という漢字が、下げ振りから生まれた
という証拠があるわけではありません。
漢字の成り立ちとしては、そこまで言うことはできません。
でも、
「糸」という字を含む「縦」を見て、
昔の大工さんが一本の糸を垂らして柱を見ている姿を想像する。
それは、そんなに遠い想像でもないように思います。
古い時代の家づくりでは、今のような測定機器はありません。
それでも人は、
まっすぐな柱を立て、
水平な梁を架け、
正確な家をつくってきました。
そのために使われてきたのが、
糸であり、
墨であり、
重りであり、
そして自分の目と手でした。
自然を基準にして、家をつくる
下げ振りの面白いところは、
人が「垂直」を決めているのではない
ということです。
重力に任せれば、重りは自然に下へ向かう。
その方向を「たて」の基準にする。
大工は、その自然の法則に自分の仕事を合わせていきます。
木もそうです。
一本の木が育つ。
その木の癖を見ながら使う。
木と木を組み合わせる。
自然の中にあるものを、人の手で家にしていく。
昔の家づくりには、
自然を押さえつけるのではなく、自然の理を借りる
ような知恵がたくさんあります。
下げ振りも、そのひとつなのかもしれません。
「たてる」ということ
ここで、昔の大工さんから聞いた話をひとつ。
ある大工さんは、柱を建てるとき、
「この辺りは、いつもこっちから風が来るからな」
と、柱をほんの少しだけ傾けることがある、と話していました。
もちろん、すべての大工さんがそうしていたわけではありません。
また、現代の建築で柱を意図的に傾けてよい、という話でもありません。
あくまで、昔の大工さんが自分の経験として語っていた話です。
でも、その話を聞いたとき、妙に心に残りました。
下げ振りを垂らせば、重力が示す「まっすぐ」がわかる。
けれど、家が建つ場所には、その土地ごとの風があり、雨があり、日差しがあり、地面があります。
昔の大工さんは、そうしたものを長い経験の中で感じながら、木を見ていたのかもしれません。
「まっすぐに建てる」ということと、
「その場所に合わせて建てる」ということ。
一見すると反対のようですが、昔の家づくりには、その両方を考える感覚があったのではないでしょうか。
下げ振りが教えてくれるのは、重力に対する正確な「たて」。
そこに大工さんの経験が加わる。
一本の柱を立てるだけでも、そこには道具だけでは測れないものがあったのかもしれません。
言葉の向こうに、大工の姿が見える
「縦」という一文字。
普段なら、それ以上考えることはありません。
でも、その字から「糸」を思い、
糸から下げ振りを思い、
下げ振りから、柱を一本一本確かめていた大工さんの姿を想像する。
すると、ただの漢字だったものが、
少しだけ昔の家づくりに近づいてきます。
言葉や文字は、ずっと昔の人が残したものです。
そこには、その時代の暮らしや、仕事の風景が隠れていることがあります。
本当の由来は、文献をたどらなければわからない。
けれど、
「もしかしたら、こんな風景があったのではないか」
と想像するのも、家をつくる人間にとっては、なかなか楽しいことです。
今日は、そんな「縦」という字から始まった、大工と下げ振りのお話でした。