「子は鎹(かすがい)」という言葉があります。
夫婦の間に子どもがいることで、家族の縁が保たれる。
そんな意味で、昔から使われてきた言葉です。
ところで、「鎹」とは何でしょう。
漢字だけを見ると、少し難しそうな言葉です。
けれど、家をつくる仕事をしていると、その姿はすぐに浮かびます。
鎹は、木と木をしっかりとつなぎ合わせるための金物。
両端が曲がった、コの字のような形をしています。
木材に打ち込まれた鎹は、普段の暮らしの中で目にすることはほとんどありません。
けれど、そこには昔の大工さんたちの知恵があります。
木と木の間にあるもの
木は、それぞれが一本の木です。
柱には柱の役割があり、梁には梁の役割がある。
それぞれの木を組み合わせて、ひとつの家ができていきます。
鎹は、その境目にあります。
目立つものではありません。
完成した家を眺めても、鎹の存在を意識することはないでしょう。
それでも、そこにある。
昔から伝わる家づくりには、そういったものがたくさんあります。
表からは見えないところに手をかける。
長く使うために、見えないところを丁寧につくる。
今の家づくりにも通じる、大工仕事の美しさだと思います。
だから「子は鎹」なのかもしれません
昔の家には、家族が集まる場所がありました。
囲炉裏を囲み、食事をし、話をする。
子どもが走り回り、親が叱り、また笑う。
家は、家族の時間が積み重なっていく場所でした。
夫婦二人だけのときにはなかった声が、子どもが生まれることで家の中に増えていく。
泣き声も、笑い声も、足音も。
そうして家族の時間が重なっていく。
「子は鎹」という言葉には、そんな昔の暮らしの風景まで重なって見える気がします。
鎹が木と木の間に打ち込まれているように、
子どももまた、家族の中にいて、夫婦の間にある時間を変えていく。
だから昔の人は、それを「鎹」と呼んだのでしょう。
家は、暮らしの器
家を建てるとき、私たちは柱や梁のことを考えます。
断熱のこと。
窓のこと。
屋根のこと。
そして、そこでどんな暮らしが始まるのかを考えます。
完成した家は、建築として見れば木や壁や屋根でできています。
でも、そこに暮らす人にとっては、それだけではありません。
子どもの背が伸びていく。
傷がひとつ増える。
壁に落書きが残る。
家族で食卓を囲む。
やがて子どもが大きくなり、家を出ていく。
そんな時間まで含めて、その家の記憶になっていきます。
昔の人が「子は鎹」と言ったとき、
そこには、家族がひとつの家で暮らしていた風景があったのかもしれません。
言葉の中に残る、昔の暮らし
「うだつが上がらない」。
そして、
「子は鎹」。
どちらも、今では普通の言葉として使われています。
けれど、その言葉を少しだけ遡ってみると、
木を削り、柱を立て、梁を組み、
家族がそこで暮らしていた昔の風景に出会うことができます。
言葉は不思議です。
昔の人が見ていたものや、感じていたことが、
長い時間を越えて、今の私たちのところまで残っています。
家をつくる仕事をしていると、
そうした古い言葉の中に、昔の暮らしの温度を感じることがあります。
そして、今つくる家にも、
いつか誰かの記憶になる時間が積み重なっていく。
そう思うと、家づくりという仕事は、木を組み立てるだけの仕事ではないのだと思います。
今日は「鎹」の話でした
「子は鎹」。
その言葉の中には、
木と木を組み合わせて家をつくってきた人たちと、
その家で暮らしてきた家族の姿が、
小さく残っています。
昔から伝わる家づくりの中で生まれたひとつの言葉が、
今も私たちの暮らしの中で生きている。
そう考えると、
家というものは、建てた瞬間に完成するのではなく、そこに暮らす人の時間によって、少しずつ形になっていくものなのかもしれません。
今日はそんな「子は鎹」(かすがい)のお話でした。